岩田さんなりのゲームの定義を教えてください。
そうですね。まずエンターテイメントの定義からしましょうか。私はエンターテイメントとは「人を良い意味で驚かせるもの」だと思います。その中で人とインタラクティブにやりとりするエンターテイメント全般がビデオゲームだと考えています。
ビデオゲームをやるとき、人はゲームに対してキーやボタンなど使って何か入力しますよね。入力(操作)には労力やエネルギーがいります。その労力のエネルギーに見合う、またそれ以上の”ご褒美”と感じるリターンを返し続けるものは何でもゲームだと私は考えています。
ご褒美というのは、生理的に気持ちいい感覚とか、感動するストーリーを味わえる、豪華なムービーが見られる、脳力が鍛えられる、料理が作れるようになる、といったことです。そう考えると過去にビデオゲームと呼ばれていたものは、ゲームの中のほんの一部だったということになります。このようにビデオゲームを広く考えるとことが大事なポイントでした。ご褒美の構造を柔軟に考えるとことで、従来とは異なるユーザー層にリーチできる可能性が見えてくるからです。
コントローラーを自在に操作することが楽しいとか、長大なストーリーが面白いといった従来型のゲームのご褒美にまるで魅力を感じない人でも、健康に役に立つとか脳が鍛えられるといったご褒美であれば興味を持つかもれしれない。それがゲームの市場を拡大につながっていきます。私はこの市場にはまだまだ広げられる余地はあると思っています。
例えば受け身の娯楽であるテレビに、人々のほぼ100%が受け入れています。これに対してゲームはどうでしょうか。私は人生でビデオゲームを体験している人の割合はせいぜい7割くらいだと思います。まだ3割もこれまで全く従来ならばきっかけもなかった人たちがいるわけです。また昔はやっていたけれでも、今はやりませんという人もいるでしょう。その方々にもご褒美の構造をかんがえることでリーチできる可能性があるはずです。
この問題の背景として、アメリカと日本で「情報」や「コンテンツ」のデジタル化について、意識が全然違ってきているということを直視する必要があるのではないでしょうか?
たとえば、アメリカの大学で勉強していると、オンラインで論文検索をしながら参考文献をダウンロードして調べ物をすることができます。その利便性たるや凄まじいものがあり、日本で図書館や書店を回って文献を集めるのとは比べ物にならないほど効率的ですし、成果物にも差が生じるように思います。知的な営みのインフラ部分で、彼我の差は非常に大きくなりつつあります。
XYZ、つまりもう後がないってことさ
改めて聞いてみると、エヴァ芸人稲垣早希はホントに声が似てると思う
誠 Biz.ID:アラフォー起業家の“継続拡大”人脈術:来るものは拒んでもいいと思う (via kogure)
腹いてえw
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